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大阪高等裁判所 昭和51年(ネ)2131号 判決

控訴人

日新開発株式会社

右代表者

礁氷教一

右訴訟代理人

今中利昭

外一名

被控訴人

破産者橋本清彰破産管財人

小西敏雄

右常置代理人

安野仁孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人は、昭和五〇年一〇月二二日、大阪地方裁判所において破産宣告を受けた破産者橋本清彰の破産管財人であること、右橋本は、昭和四九年九月五日控訴人の経営する新宝塚カントリークラブに入会し、控訴人に入会預り金三五〇万円を預託したこと、ところが、前記のとおり橋本は破産者となつたため、控訴人は昭和五〇年一二月一七日右橋本を同クラブから除名したこと、右除名により、被控訴人は控訴人に対し、右入会預り金より諸経費を控除した残額金一三三万六一九三円の返還請求権を有すること、以上は、当事者間に争いがない。

控訴人は、右橋本に対し昭和四九年九月初旬、正会員証書の「預り証」及び「携帯会員証」を交付した。右預り証は、橋本は、入会金の支払をローンの手続によつたため、ローン完済までは橋本に対し正会員証書を交付することを差し控え、その代り正会員証書の預り証を交付したものであるが、控訴人としては、右預り証と携帯会員証と引換えでなければ入会預り金の返還に応ぜられない旨抗弁するので、この点について判断する。

二控訴人の立論は、まず、正会員証書は、会員のゴルフクラブに対する会員たる資格をその裏書によつて譲渡できる有価証券であると主張することから出発する。なるほど、〈証拠〉によれば、控訴人クラブ規約に、「会員の権利は譲渡することができる。ただし、譲渡する場合には、理事会の承認と名義書替料を必要とする。」と規定され、その発行する正会員証書には、表面に原始会員の氏名が記名されると共に、裏面に譲渡人、譲受人のそれぞれの記名捺印をなすべき裏書欄が設けられていることが認められる。そして、一般に、ゴルフクラブの会員たる資格の譲渡は、その正会員証書に譲渡人の裏書をなしてこれを譲受人に交付することによつてなされる事実上の慣行があり、その慣行を母体として、ゴルフクラブ会員権の売買ないし斡旋業者の手を経ることにより会員券の譲渡価格の相場が形成されているほどであるから、ゴルフクラブとしては、譲渡人の真正な裏書を備えた正会員証書の所持人がこれを呈示してゴルフクラブに対し会員資格の自己への名儀書替を請求した場合、譲渡人より民法所定の権利譲渡の通知を受けていなくても、事実上その者をゴルフクラブ会員資格の譲受人として取扱わざるを得ない立場に立たされるであろう。この場合、理事会の承認を必要とすることは、当該正会員証書所持人をもつて譲渡人より権利譲渡を受けた者と認定しなければならないことと矛盾する事柄ではなく、むしろそのことを前提として、当該所持人が入会を許すのにふさわしいかどうかの判断をするのであるから、その制度が存在することは前記の結論を左右するものではない。そうであれば、ゴルフクラブとしては、正会員証書が控訴人の主張するように講学上の有価証券に該当するかどうかは別問題として、とにかく正会員証書と引換えでなくして入会預り金の返還に応じた場合、後日それの二重払いの危険にさらされるであろうという控訴人の危惧は、このことに関するかぎり当裁判所もこれを理解できなくはない。

三しかしながら、本件の事案は、会員橋本清彰は、その入会金をローンの方法で支払い、そのローンが未済であるため、控訴人は正会員証書を右橋本に交付することを差し控え、これに代えて正会員証書の預り証を橋本に交付したとして、控訴人は、本訴において右預り証との引換給付の抗弁を主張するものである。控訴人はローン未済の間敢えて正会員証書を橋本に交付することを差し控えるのは、もしこれを橋本に交付すれば、橋本はこれを第三者に裏書譲渡し、ローンの債務者と会員資格の取得者とが別異となり 結局ローンの代払を余儀なくされる控訴人としては複雑な法律関係に立たされるのを嫌つてのことと推認される。すなわち、控訴人は橋本に対し正会員証書でなく正会員証書の預り証を交付するのは、橋本が容易に会員資格を他に譲渡することを抑制するために外ならない。そうであれば、預り証は文字通り正会員証書を預つた旨の証明文書に外ならず、正会員証書のようにこれに裏書して他に交付することによる会員資格の譲渡はもとより予定されていないものといわなければならない。〈証拠〉によれば、右預り証には裏書欄が設けられていないことが認められるが、正会員証書との間におけるこのような様式の相違は、預り証の性質上必然的なことなのである。なお、〈証拠〉によれば、右預り証に「本証はあなたの会員証を御預りしたことを証明いたします。但しローン完了後本証と引換に会員証を御渡し致します。」と記載してあることは認められるが、これは、預り証の名宛人である橋本清彰がローン完了後に正会員証書の引渡しを要求した場合の手続を記載したものにすぎず、橋本清彰以外の者がこの預り証を入手して控訴人に対し正会員証書の引渡しを要求した場合にもこれに応ずるという趣旨のものでないことは文言上明白であつて、この点の危惧を云々する控訴人の主張は当らない。そうであれば、控訴人としては、被控訴人に対し預り証と引換でなく入会預り金の返還をなしても、後日預り証の所持人が現れた場合にその者に対し二重払いを余儀なくされるおそれはないものといわねばならないから、そのことを理由として預り証との引換給付を主張する控訴人の抗弁はその根拠を欠くことになる。(控訴人は、正会員証書をゴルフクラブに押えられ、預り証のみを交付された者も、ゴルフクラブの会員である以上会員資格の譲渡権限はあるはずであると主張するが、この場合果してそうであるかどうか問題であるのみならず、かりにそうであるとしても、その譲渡の方法は民法所定の債権譲渡の方法によるほかないことになるから、控訴人としては、橋本清彰から会員資格譲渡の通知を受けていなかつたかぎり、単に預り証を所持するのみで会員資格の取得を主張する者が現れても、その資格の取得を否定できるはずである。)なお、控訴人は、これまでの立論の当否はとにかく、預り証に正会員証書との引換文言がある以上、これは受戻証券であるから、預り証との引換でなくては入会預り金の返還請求に応ぜられないとも主張するが、預り証の性質が上記のとおりであるとすれば、右の引換文言は、通常の場合における正会員証書の引渡し手続を記載したものにすぎず、本件のように橋本清彰が入会預り金返還請求権者であることが証明された場合においてもなお預り証との引換給付を主張しなければならない程の法律的意味合いを持つたものとは解せられないから、控訴人の右の主張もその理由がない。

四控訴人は、さらに橋本に交付した携帯会員証との引換給付を主張する。しかしながら、携帯会員証は、会員がゴルフ場においてその施設を利用する場合に自己の資格の証明を容易にするためのものに外ならず、これを第三者に譲渡したり貸与したりして使用できる性質のものではないから、控訴人としては、それは被控訴人に対する入会預り金の返還との引換給付を主張しなければならない程の法律的利害にからむものではない。この点に関する控訴人の主張もまた理由がない。

五以上の次第で、控訴人の抗弁は採用できないから、入会預り金残金一三三万六、一九三円とこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和五一年五月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は理由があり、これと同趣旨の原判決は正当であるから本件控訴は棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(坂井芳雄 下郡山信夫 富沢達)

控訴人の主張〈省略〉

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